東京地方裁判所 平成6年(ワ)12070号 判決 1998年8月27日
原告
株式会社環境設計
右代表者代表取締役
濵田弘
右訴訟代理人弁護士
藤沢抱一
同
川口均
被告
泰榮商工株式会社
右代表者代表取締役
小口隆文
右訴訟代理人弁護士
長尾敏成
主文
一 被告は、原告に対し、金二一三六万八七八四円及びこれに対する平成六年九月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 原告の請求
被告は、原告に対し、金二一三七万五〇〇〇円及びこれに対する平成六年九月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、被告との間で特許の実施許諾に関する契約を締結した原告が、被告に対し、右契約に基づいて、実施料二一三七万五〇〇〇円及び商事法定利率の遅延損害金の支払を求めている事案である。
一 争いのない事実等
1 原告は、浄化槽・水処理装置の設計・製造及び設置施行等を目的とする株式会社であり、被告は、工作機械の販売・輸出入等を目的とする株式会社である。(争いがない。)
2 原告代表者である濵田弘(以下「濵田」という。)は、左記のとおり特許出願をし(以下、右特許出願に係る発明を「本件発明」といい、右特許出願に基づき特許を受ける権利を「本件特許」という。)、原告との間で、濵田が原告に対し、本件特許を譲渡するとともに、本件発明の実施を第三者に許諾する権限を付与する旨を合意した。(弁論の全趣旨によって認められる。)
記
発明の名称 接触濾材
出願年月日 平成元年六月三〇日
出願番号 平成一―一六六九五九
3 その後、原告と被告は、遅くとも平成四年三月一六日までに、本件特許の実施許諾に関し、次の内容の契約(以下「本件契約」という。)を締結した。(争いがない。ただし、契約成立時期については、後記のとおり、争いがある。)
(一) 原告は、被告に対し、本件特許について通常実施権を許諾する(一条、二条)。
(二) 被告は、原告に対し、被告が第三者に譲渡し又は自己で製品化した、本件発明に係る接触濾材を使用した浄化槽につき、浄化槽の工場出荷価格の六パーセントの実施料を支払う(六条)。
(三) 被告は、各暦年度半期(六か月)中に発生した実施料額を計算し、当該暦年度半期終了後三〇日以内にこれを書面で原告に報告する(七条)。
(四) 被告は、原告に対し、期間(半期)実施料の総額について、被告の期間予定数の四分の一の額(額の算定に当たっては七人槽を基準とし、その一五〇台相当額を保証額とする。)を保証し、右保証料を当該暦年度半期終了後四五日以内に現金で支払う(九条一項)。
右保証は、契約日から六か月ないし被告が浄化槽の型式認定を受けた日のどちらか短い期間は効力を生じない(九条三項)。
(五) 本件契約が解除された場合、実施済みのものについては、金員の返還及び実施料請求権の消滅はない(一一条二項二文)。
(六) 原告は、本件発明が工業的又は商業的に実施できるものであることを保証しない(一一条四項)。
4 被告は、本件発明に係る接触濾材を使用した小型合併浄化槽(屎尿と雑排水を合併して処理する方法によるもの。以下「本件浄化槽」という。)について、浄化槽法一三条所定の建設大臣による型式認定(以下「型式認定」という。)を受けていない。(争いがない。)
5 本件契約については、平成六年一月三〇日に被告から原告に対して解除の意思表示がされたが、被告は、原告に対し、その日までの実施料(保証額)を支払っていない。(争いがない。)
6 本件特許については、平成八年九月五日、濵田を特許権者として、特許権(第二五五九六二八号)の設定登録がされた。(甲第一八号証によって認められる。)
二 争点
1 被告の実施料支払義務の有無及び支払うべき実施料の額
(原告の主張)
原告と被告は、平成三年一二月末日に本件契約を締結した。
本件契約九条は、被告が原告に対し、本件発明の実施料について最低保証をした規定であり、許諾を受けた者の不誠実な対応(真摯な営業努力をしなかったり、営業方針を誤って所期の成果を上げられないこと等)により実施許諾者が損害を受けることを避けるための規定であって、被告が型式認定を本件契約締結後六か月経過前に受けたときは右型式認定を受けた時から、型式認定を受けることなく六か月が経過したときはその時から実施料支払義務が生じる旨を定めたものと解すべきである。したがって、被告は、本件浄化槽の型式認定を受けていない以上、原告に対し、本件契約締結後六か月を経過した平成四年七月一日以降の実施料(保証額)を支払うべき義務を負担する。
七人槽の工場出荷価格は、五人槽及び一〇人槽の工場出荷価格がそれぞれ一台六五万円及び九〇万円であること(一人分増す毎に五万円増)からすれば、一台七五万円であると考えられ、各暦年度半期(六か月)分の保証額は六七五万円である。
そうすると、被告の支払うべき実施料の額は、平成四年七月一日から平成六年一月三〇日までの分の合計二一三七万五〇〇〇円である。
(被告の主張)
(一) 本件浄化槽は、工場生産浄化槽であるから、型式認定を受ける必要があるが、濾材が固定されていないので、その効力について昭和五五年建設省告示第一二九二号(昭和六三年三月八日建設省告示第三四二号による改正後のもの。以下「建設省告示」という。)第八所定の建設大臣の認定を得る必要もあり、そのためには一年以上にわたる実証試験が要求されること、本件契約六条一項が浄化槽の工場出荷を実施料発生の当然の前提としていること、原告が本件訴訟提起までの間、被告に対して本件実施料の請求をしていないことなどに照らせば、型式認定を受けることなく六か月が経過すればそのときから実施料発生の支払義務が生じると解するのは不合理であり、本件契約九条三項については、被告が本件浄化槽の型式認定を受けた日から実施料発生の支払義務が生じる旨の規定と解すべきである。被告は、右型式認定を受けなかった以上、原告に対して実施料支払義務を負うものではない。
(二) 実施料は実施権取得の対価であるところ、現実に当該特許発明の実施をすることができなかった期間は、実施権者において実施権を取得したということができないから、たとえ実施料について最低保証の約定がある場合であっても、実施権者は、実施料支払義務を負うものではない。浄化槽容器の下請製造業者であった被告は、放流される水が飲める状態、即ち一リットル中のBOD(生物化学的酸素要求量)が五ミリグラム以下にまでに浄化される性能を有する小型合併浄化槽の自社による開発製造を企図し、本件発明に係る接触濾材を用いればこのような小型合併浄化槽を開発製造し得るという前提で、原告との間で本件契約を締結したが、本件発明に係る接触濾材は、元々機能的に不十分なものであり、小型合併浄化槽にこれを用いても、水を飲める状態にまで浄化できるような性能が得られるものではなく、被告は、結局本件浄化槽を一台も工場出荷することができなかった。したがって、被告は、原告に対し、実施料支払義務を負うものではない。
(三) 特許出願手続中の発明の実施は、公開された明細書や図面だけでは十分でない場合が多く、実施権者が許諾者からの技術指導を受ける必要があるのが通常であるから、この技術指導は特許出願中の発明の実施許諾に包含されている許諾者の本質的義務であり、このような技術指導を受けることが実施料の対価の一つであると解されるところ、原告は、被告に対し、何らの技術指導もしなかった。したがって、被告は、原告に対し、実施料支払義務を負うものではない。
(四) 仮に被告が実施料支払義務を負っていたとしても、前記のとおり本件発明に係る接触濾材は機能的に不十分なものである以上、原告は必要な技術指導をしていないものであって、原告の債務の不完全履行に基づき本件契約は解除されているから(被告は、原告の債務不履行を理由として、原告に対して本件契約の解除の意思表示をした。)、右義務は消滅している。
なお、本件契約が解除された場合、実施済みのものについては、金員の返還及び実施料請求権の消滅はない旨の条項(本件契約一一条二項二文)は、本件発明について特許権の設定登録がされなかった場合又は本件特許についてされた無効審判が確定した場合において解除が行われたときに適用されるものであって、本件に適用されないことは明らかであり、また、「実施」したことを前提とした規定であるから、本件浄化槽が技術的に実施不能であったため現実に実施できなかった本件に同条項の適用はない。
(五) 仮に被告が実施料支払義務を負っていたとしても、本件契約の成立日は、被告が契約書に会社印を押印した平成四年三月一六日であり、また、七人槽の工場出荷価格は、被告がこれまでに工場出荷をしていた五人槽の価格が一台一四万円、一〇人槽の価格が一台二五万円であることからすれば、一台二〇万円程度と考えられ、各暦年度半期分(六か月分)の保証額は一八〇万円であって、被告が原告に支払うべき実施料の額は、平成四年九月一六日から平成六年一月三〇日までの分の合計五四〇万円である。
(被告の主張に対する原告の反論)
(一) 本件浄化槽は、その製造・組立場所によっては、必ずしも型式認定を受けなければならないものではない。仮に型式認定が必要であっても、本件浄化槽は、建設省告示第八に該当するものではなく、一年以上にわたる実証試験が要求されていないから、直ちに型式認定を受け得るものである。
(二) 浄化槽装置は、下水道装置であって、上水道装置ではなく、元来飲める水を出す必要がないものであるから、濵田が被告の担当従業員に対し、小型合併浄化槽に本件発明に係る接触濾材を用いれば水を飲める状態にまで浄化できる性能を得られる旨の説明をするはずがない。
(三) 原告の実験データや被告が設置したモニター用の浄化槽の分析データによれば、本件発明に係る接触濾材を用いた浄化槽の水一リットル中のBODは、二〇ミリグラムをはるかに下回っていること、本件発明が現に特許を受けていることなどに照らしても、本件発明に係る接触濾材は、十分な浄化性能を有するものである。
(四) 原告は、本件発明に係る接触濾材の設置について基本設計図を提供し、被告の下館工場に何度も赴いて実地指導をしている。また、岩手県八幡平の八幡平山荘、愛知県小牧市の宮田邸、群馬県玉村町の天田邸等に設置する本件発明に係る接触濾材を用いた浄化槽の製造について、環境デザイン事務所の宮沢が原告による指示の下、被告に対しファクシミリを用いて指導をしており、右指導の下で製造された右各浄化槽は、いずれも正常に機能している。
2 本件契約が要素の錯誤により無効であるか否か
(被告の主張)
原告代表者である濵田は、本件発明に係る接触濾材を小型合併浄化槽に用いても汚水を飲める状態(一リットル中のBOD五ミリグラム以下)にまで浄化できる性能が得られるものではなかったにもかかわらず、被告の担当従業員であった吉祇嘉孝(以下「吉祇」という。)に対し、小型合併浄化槽に本件発明に係る接触濾材を用いれば、汚水を飲める状態にまで浄化できる性能が得られる旨を説明し、吉祇をして、その旨誤信させた。そして、被告は、本件発明が右のような技術的効果を有することを前提に、本件発明を用いれば一年後には右のような性能を有する小型合併浄化槽の量産が可能であると考えて、その動機を表示した上で、原告との間で本件契約を締結したものである。したがって、本件契約は、要素の錯誤により無効である。
(原告の主張)
本件発明に係る接触濾材が十分な浄化性能を有するものであること、濵田が被告の担当従業員に対し、小型合併浄化槽に本件発明に係る接触濾材を用いれば、汚水を飲める状態にまで浄化できる性能を得られる旨の説明をしていないことは、前記のとおりである。また、被告は、本件発明に係る接触濾材を用いた小型合併浄化槽を製作し、これを一年以上にわたって試用した上で本件契約を締結しており、本件契約の締結前後やその終了に当たって、予想した結果がでなかった旨を主張したこともない。以上のとおり、被告に錯誤はない。
3 公序良俗違反により本件契約が無効であるか否か
(被告の主張)
(一) 原告代表者の濵田は、浄化槽製造の専門家であり、浄化槽の開発製造に必要な手続に習熟しているのみならず、本件浄化槽を販売ルートに乗せるためには法令上の規制に合致させる努力と多大な開発費用がかかること、本件浄化槽が市販されている他者の浄化槽よりも二割も大きな容量を有するため、型式認定を受けても大量販売は不可能であること、被告が企図した汚水を飲める状態にまで浄化する性能を有する小型合併浄化槽の開発製造を実現するためには、単に濾材を改良するだけでは無理があり、その他の要因を解決しなければならないこと、この点についての科学的解決は未だなされていないことなどを十分に知っていた。他方、被告は、浄化槽容器の下請製造をしているものの、浄化の化学的メカニズム等については全く無知であった。このような状況の下、原告は、被告に対し、本件浄化槽の開発製造には右のような種々の問題点があることを十分理解させることなく、かえって被告の無知を利用して、自己に一方的に有利な本件契約を締結させたものである。
また、前記のとおり、本件浄化槽については、型式認定のほか、建設省告示第八所定の認定を得る必要がある以上、型式認定を受けるためには、少なくとも契約後一年を経過しなければならないから、仮に原告主張のとおり、本件契約九条三項が契約後六か月を経過すれば実施料(保証額)の支払義務を生じさせる条項であるとすると、契約後六か月という期間を設定したこと自体、法令による製造監視を潜脱する違法なものである。
以上によれば、本件契約は、公序良俗に反し、無効である。
(二) 仮に、本件契約全体が無効でないとしても、本件契約九条三項及び一一条四項は、極めて不合理な内容を有するものであり、公序良俗に反する無効な規定である。
(原告の主張)
本件契約は、被告側からの積極的な働きかけがあって締結されたものであり、まして原告が強制したものでもない。
本件契約九条は、前記のとおり、被告が原告に対し、本件発明の期間実施料について最低保証をした旨の条項であり、許諾を受けた者の不誠実な対応により実施許諾者が損害を受けることを避けるための規定であって、実施契約一般に定められているものであり、また、一一条四項も、通常の実施契約において見受けられる条項である。
4 実施料を請求しない旨の合意の有無
(被告の主張)
前記のとおり、本件発明に係る接触濾材は、契約時に予定されていた性能を有せず、本件浄化槽の型式認定の目途すら立たなかった。そこで、被告は、平成四年九月末ころ、被告の担当従業員である吉祇を通じ、原告に対し、実績不能を理由に実施料(保証額)の支払についての見直しを申し入れたところ、原告もこれに応じ、原告被告間において、工場出荷がない限り実施料を請求しない旨の合意が成立した。
5 相殺の成否
(被告の主張)
被告は、原告に対し、平成五年三月、原告代表者濵田の弟が経営するレストランに設置するための合併浄化槽一台を代金五一九万三五五〇円で、また、同年四月、濵田が主催したコンペ(性能テスト)の会場に設置するための浄化槽一台を代金九〇万円でそれぞれ売り渡した。しかるに、被告は、原告から右代金合計六〇九万三五五〇円の支払を受けていない。
被告は、右各浄化槽売買代金請求権を自働債権とし、原告の被告に対する実施料支払請求権を受動債権として、対当額において相殺する。
(原告の主張)
被告が主張するレストラン用浄化槽及びコンペ用浄化槽は、被告が浄化槽の性能の実験データを取るために自主的かつ任意に提供した実験用(モニター用)のものであって、原告が買い取ったものではない。
第三 当裁判所の判断
一 甲第一号証ないし第三号証、第七号証の二、四、五、七、八、一〇及び一一、第一一号証、第一五号証、第一六号証、第一九号証、第二四号証、第二五号証、第二八号証、第二九号証、第三二号証、乙第四号証の一ないし三、第五号証、第八号証の一及び二、証人遠藤英隆の証言、原告代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 浄化槽容器の下請け製造メーカーであった被告は、かねてから自社において浄化性能の高い合併浄化槽の開発製造をすることを希求していたところ、その担当従業員であった吉祇は、雑誌で「石井式浄化槽」と呼ばれる浄化性能の高い浄化槽の存在を知ってこれに関心を抱き、平成元年六月ころ、右浄化槽の開発に関わった濵田を訪ねた。濵田は、吉祇に対し、浄化槽の設置現場を案内し、実際の使用状況や濾材の浄化性能を視察させるなどした。
2 吉祇は、被告において本件発明に係る接触濾材を用いて小型合併浄化槽を開発製造する意向を固め、平成元年一二月ころ、右浄化槽の開発製造計画を策定した。そして、平成二年二月ころ、右浄化槽の開発製造計画について、被告会社役員らの了解を得てこれを推進させるとともに、濵田に対し、本件特許の実施を許諾するよう正式に依頼し、本件発明に係る接触濾材を製造したい旨を申し入れた。濵田は、被告からの右申入れに対し、被告が本件発明に係る接触濾材を製造することについては、以後被告から濾材の提供を受けられるようになって便宜であると考えて事実上これを承諾したが、本件特許の実施許諾については、契約条件を詰めた上で契約を締結することとした。
3 原告及び被告は、本件特許の実施許諾について、契約条件の調整作業に取りかかり、原告が契約案文を作成し、これを被告が検討し、原告が必要な訂正・検討を加えることを一年以上にわたって幾度か繰り返した。被告は、これと並行して、本件発明に係る接触濾材を用いたモニター用の小型合併浄化槽を製造し、これを平成二年一二月ころから被告従業員らの住居等に設置して試用した(ただし、右モニター用浄化槽の製造については、原告は関与していない。)。また、その間、濵田は、食品業者から設計の依頼を受けた食品工場排水処理装置に用いる濾材について、被告から供給を受けたことなどもあった。そして、原告は、平成三年一一月ないし同年一二月初めころ、被告との間で最終的に合意する予定の契約内容を確認した上で、契約日欄に「一九九一年一二月 日」と記載し、原告代表者の記名押印をした契約書二通(そのうちの一通が甲第一号証)を被告に送付した。その後、右契約書のうち一通(甲第一号証)は、そのまま被告代表者の記名押印がされて、被告から原告に返送された。
4 被告は、平成四年二月ころ、自社製品たる本件浄化槽の開発製造とは別に、原告が栃木県南河内町から設計の依頼を受けた吉田西小学校の給食施設の排水処理装置について、原告の斡旋によりそこで使用される大型の合併浄化槽の製造を請け負い、本件発明に係る接触濾材を用いてこれを製造・設置した。また、同年六月ころから平成五年四月ころまでの間にも、岩手県八幡平の八幡平山荘、愛知県小牧市の宮田邸、群馬県玉村町の天田邸等に設置する浄化槽について、右と同様に原告が設計の依頼を受け、被告が本件発明に係る接触濾材を用いてこれを製造・設置したことが幾度かあった。その際、被告は、原告の指示を受けた環境デザイン事務所の宮沢から、本件発明に係る接触濾材を用いた浄化槽の製造・設置について種々の助言を受けるなどしていた。
5 平成四年三月に前記モニター用浄化槽から採取した水一リットル中のBODは、23.2ないし36.3ミリグラムであった。他方、同年五月から同年一二月までの間に前記吉田西小学校の浄化槽から採取した水一リットル中のBODは、1.0以下ないし5.4ミリグラムであった。
6 被告は、平成四年三月ないし同年四月ころから、下館工場において、本件浄化槽の製造を試み始めたが、結局これを製品として出荷することができなかった。
7 原告は、平成五年一二月一一日付けで、被告に対し、本件契約が平成三年一二月に成立したという前提で、本件契約に基づく実施料額の計算報告及び実施料(保証額を含む。)の支払を督促する旨の書簡を送付した。被告は、同月二七日付けで、実施料の支払等の処理に当たりベースとなる数字検討のために一か月程度の猶予が欲しい旨を回答した。
二 争点1について
1 前記認定の事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件契約は平成三年一二月末日を契約日として成立したものと認められる。
被告は、契約書に会社印が押印された平成四年三月一六日が契約成立の日であると主張する。しかしながら、前記認定のとおり、本件契約の内容については、原告被告間において、事前の長期にわたる綿密な交渉を経て平成三年一一月ないし同年一二月初めころに、最終的な内容が確認され、原告代表者の記名押印のされた契約書二通が被告に送付されていること、本件契約に係る契約書には、契約日について特に訂正されることもなく、「一九九一年一二月 日」と記載された状態で原告代表者及び被告代表者の各記名押印がされていること、本件契約が平成三年一二月に成立したことを前提として実施料の算定及びその支払を督促する原告の書簡に対して、被告が格別の異議を述べていないことに照らせば、本件契約は平成三年一二月末日を契約日として成立したものと認めるのが相当である。証人遠藤も、平成三年一一月ないし同年暮に吉祇から本件契約に係る契約書を見せてもらった旨を証言するにとどまり、それ以上に契約成立日が平成四年三月一六日であることを窺わせるような供述をしていないことなどに照らせば、右同日をもって本件契約成立の日と認めることはできず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
2(一) 本件契約九条については、被告が原告に対し、本件発明の実施料について最低保証をした規定であり、被告が型式認定を本件契約締結後六か月経過前に受けたときは右型式認定を受けた時から、型式認定を受けることなく六か月が経過したときはその時から実施料支払義務が生じる旨を定めたものと解するのが相当である。本件契約九条は、一項において、本件浄化槽の工場出荷に関わりなく、期間予定数を基準に「被告の期間予定数の四分の一の額を保証する」と規定し、また、三項において、「契約日から六か月ないし被告が浄化槽の型式認定を受けた日のどちらか短い期間は効力を生じない。」と規定しているものであって、右のように解するのが条項の文理に即し、また、本件契約一一条四項において、本件発明が工業的又は商業的に実施できるものであることを原告が保証しない旨が規定されていることなどに照らせば、型式認定を受けずに六か月が経過すればその時から実施料支払義務が生じるというのが、契約当事者の意思であったと認めるのが相当である。
(二) 被告は、本件浄化槽の型式認定を受けた日から実施料支払義務が生じる旨の規定と解すべきであると主張し、その根拠として、本件浄化槽については建設省告示第八所定の認定が必要であり、一年以上にわたる実証試験が要求されること、本件契約六条一項が浄化槽の工場出荷を実施料発生の当然の前提としていること、原告が本件訴訟提起までの間、被告に対して本件実施料の請求をしていないことを挙げる。
しかしながら、仮に本件浄化槽について被告主張のように型式認定及び建設省告示第八所定の認定が必要でそのために一年以上にわたる実証試験が要求されるとしても、被告は本件発明に係る接触濾材を使用した浄化槽を開発製造しこれを量産化しようと計画した当事者であり、また、前記認定のとおり、その計画策定から契約締結まで約二年近くもの期間を経ていたことからすれば、右実証試験の要否についても十分了解していた、あるいは了解し得たものというべきであって、右実証試験の期間中実施料の支払義務を負わないことを望むのであれば、本件契約中にその旨を明示する条項を置けば足りたものである。しかるに本件契約九条は前記のような文言となっているものであって、この点に照らせば、右実証試験が要求されるからといって、本件契約九条を型式認定を受けずに六か月が経過したときから実施料発生の効力が生じる旨の規定と解する妨げとなるものではない。また、本件契約六条一項が浄化槽の工場出荷を実施料発生の当然の前提としているとしても、前記のとおり、本件契約九条は、工場出荷に関わりなく期間予定数を基準に実施料保証を定めているものであるから、同六条一項の規定と同列に論ずることはできず、工場出荷できなかった場合には工場出荷価格に相当する金額を基準に保証額を定めたものと解するのが相当である。さらに、原告が本件訴訟提起までの間被告に対して本件実施料の請求をしていないとしても、本件契約九条の趣旨を右のように解する妨げとなるものではない。
したがって、被告の右主張は、採用することができない。
3 被告は、本件発明に係る接触濾材を用いれば汚水を飲める状態にまでに浄化する性能を有する小型合併浄化槽を開発製造し得るという前提で本件契約を締結したにもかかわらず、本件発明に係る接触濾材が機能的に不十分であったために現実にその実施をすることができなかったから、被告は実施料支払義務を負わない旨を主張する。
たしかに、特許発明が技術的に実施不能である場合や、契約上予定された利用のために必要な性質を具備していなかったような場合に実施権者が実施料支払義務を負わないと解する余地があるが、本件においては、前記認定のとおり、本件発明については特許庁による審査を経て特許設定登録がされているものであり、被告が本件発明に係る接触濾材を用いて製造した吉田西小学校の浄化槽の水一リットル中のBODが一ミリグラム以下であったことなどに照らしても、本件発明が技術的に実施不能であったということはできない。
被告の禀議書(乙第四号証の一ないし三)には、吉祇が「出る水が飲める」浄化槽の開発製造をうたって、本件浄化槽の開発製造計画を被告会社役員らの禀議に付した旨が記載されており、証人遠藤も、飲めるような水を出せる濾材を使って浄化槽を開発する話を吉祇から聞いた旨を供述するが、右記載等は、いずれも被告の社内における浄化槽開発の方針等をうかがわせるものにすぎず、本件契約の契約書には、本件発明に係る濾材を使用して被告において開発製造する浄化槽の性能等について何らの条項も置かれていないこと、前記認定のとおり、被告は、原告から実施料の支払等を催促された際に、実施料の支払等の処理に当たりベースとなる数字検討のために一か月程度の猶予が欲しい旨を回答するにとどまり、本件発明の性能が不十分であるなどの苦情を述べていないことなどに照らせば、本件契約において、汚水を飲める状態にまで浄化する性能を有する小型合併浄化槽の開発製造に本件発明を利用することが定められていたと認めることもできない。
したがって、被告の右主張は、採用することができない。
4 被告は、特許出願中の発明の実施許諾契約においては、許諾者たる原告は当然に実施権者たる被告に対して技術指導をする義務を負っており、原告が何らの技術指導もしなかった以上、被告が原告に対して実施料を支払うべき理由はない旨を主張する。
しかしながら、特許出願中の発明の実施許諾契約であるからといって、契約上特にその旨の約定のない場合でも許諾者が当然に実施権者に対して技術指導をする義務を負うということはできないものであり、原告が被告に対して技術指導の義務を負う旨の合意がされたことを認めるに足りる証拠もない。証人遠藤は、吉祇から原告が技術指導を約した旨を聞いた旨供述するが、客観的な裏付けを欠くものであり、直ちに信用することはできない(なお、前記認定のとおり、被告は、原告が設計の依頼を受けた浄化槽について、本件発明に係る接触濾材を用いてこれを製造・設置したことがあり、その際、原告の指示を受けた環境デザイン事務所の宮沢から、本件発明に係る接触濾材を用いた浄化槽の製造・設置について種々の助言を受けるなどしており、原告が何ら技術指導をしなかったと認めることもできない。)。
したがって、被告の右主張は、採用することができない。
5 被告は、本件契約が原告の債務の不完全履行に基づき解除されていることを理由に、実施料支払義務は消滅している旨を主張する。
しかしながら、本件発明に係る濾材が必要な性能を備え、その技術的実施可能性が十分に認められるものであったこと及び原告による技術指導が本件契約上の債務とされていたとは認められないこと(加えて、被告は事実上、必要な指導助言を受けている。)は、前示のとおりであるから、原告に本件契約上の債務の不完全履行はなく、被告の主張はその前提を欠く。
したがって、被告の右主張は、採用することができない。
6 本件契約六条は、被告が原告に対し、本件発明を使用した浄化槽の工場出荷価格の六パーセントの実施料を支払うことを規定している。そして、本件契約九条は、実際に工場出荷できなかった場合には、工場出荷価格に相当する金額をもって算定した保証額を支払うべきことを規定したものと解すべきである。
甲第二号証及び第三号証、原告代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、本件発明に係る接触濾材を使用して製造した合併浄化槽について、愛知県小牧市の宮田邸に設置した五人槽の価格を一台六五万円、群馬県玉村町の天田邸等に設置した一〇人槽の価格を一台九〇万円としていることが認められる。そうすると、本件において七人槽の工場出荷額に相当する金額は、一台七五万円(650,000+(900,000−650,000)×2/5=750,000)と認めるのが相当である。
これに対し、乙第四号証の三には、五人槽の出荷価格を一四万円、一〇人槽の出荷価格を二五万円と予定していた旨の記載があり、また、証人遠藤は、七人槽の出荷価格が一八万円から二〇万円くらいである旨を供述する。しかし、乙第四号証の三は、あくまで被告会社役員らの了解を得る際に参考とされた浄化槽の一般市場価格であって、これが直ちに本件浄化槽の出荷価格とされるとは限らず、証人遠藤の前記供述も、かつて製造した浄化槽の価格を述べたにとどまり、本件発明に係る接触濾材を使用した浄化槽にも同様に当てはまるものとはいえないから、これをもって保証額の算定基準とすることはできない。
したがって、各暦年度半期(六か月)分の保証額は、七人槽の単価七五万円に一五〇(台)を乗じた六七五万円と認められる(750,000×150×0.06=6,750,000)。
7 以上によれば、被告は、原告に対し、本件契約締結後六か月を経過した平成四年七月一日から本件契約が解除された平成六年一月三〇日までの間の実施料(保証額)を支払うべき義務があり、その額は、平成六年一月一日から同月三〇日までの間の実施料について日割計算をして、合計二一三六万八七八四円(6,750,000×3+6,750,000×30/181=21,368,784)であると認められる(なお、右実施料支払債務は、本件契約九条一項により、平成六年九月一日にはいずれも弁済期が経過していると認められる。)。
三 争点2について
前記のとおり、被告の禀議書(乙第四号証の一ないし三)には、吉祇が「出る水が飲める」浄化槽の開発製造をうたって、本件浄化槽の開発製造計画を被告会社役員らの禀議に付した旨が記載されており、証人遠藤も、飲めるような水を出せる濾材を使って浄化槽を開発する話を吉祇から聞いた旨を供述するが、本件契約の契約書には、被告において開発製造する浄化槽の性能について何らの条項も置かれておらず、本件発明の特許出願に係る明細書(甲第四号証の二)、特許公報(甲第二〇号証)には、本件特許の実施例について汚水一リットル中のBODを一〇ミリグラム未満にすることができた旨の記載があるものの、汚水を飲める状態にまで浄化できるといった記載はまったく見当たらない。また、被告は、本件発明に係る接触濾材を用いたモニター用の小型合併浄化槽を製造し、これを平成二年一二月ころから被告従業員らの住居等に設置して試用した上で本件契約を締結しているものであって、平成五年一二月に原告から本件契約に基づく実施料の支払等を催促された際にも、実施料の支払等の処理に当たりベースとなる数字検討のために一か月程度の猶予が欲しい旨を回答するにとどまり、それ以上に本件発明の性能が不十分であるなどの苦情を述べなかったことは、前記認定のとおりである。
以上の諸点に、原告代表者がその陳述書(甲第一六号証)において、本件発明に係る接触濾材の性能が優れていることを強調したことはない旨を述べていることなどを併せみれば、本件においては、被告が汚水を飲める状態にまで浄化できるような浄化槽の開発製造を目指していたことはうかがえるものの、濵田が吉祇に対して、小型合併浄化槽に本件発明に係る接触濾材を用いれば汚水を飲める状態にまで浄化できる性能が得られる旨の虚偽の説明をし、吉祇をしてその旨誤信させたとは認められないというべきであり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、本件契約が要素の錯誤によって無効であるとの被告の抗弁は、採用できない。
四 争点3について
被告は、本件契約は、被告が浄化の化学的メカニズム等について無知であったことを利用して、原告が自己に一方的に有利な内容の契約を締結させたものである旨を主張する。しかしながら、被告は、平成元年六月ころ、濵田がその開発に関わった浄化槽の設置現場を訪れ、実際の使用状況や濾材の浄化性能を視察した上、同年一二月ころ、右浄化槽の開発計画を策定し、平成二年二月ころ、右浄化槽の開発製造計画について被告会社役員らの了解を得てこれを推進させ、本件発明に係る接触濾材を用いたモニター用の小型合併浄化槽を製造し、これを同年一二月ころから被告従業員らの住居等に設置して試用するなどした上、濵田と協議を重ねながら、計画策定から約二年近くもの期間を経た平成三年一二月に、本件特許の実施許諾契約を締結するに至ったことは、前記認定のとおりであり、右の事実関係の下においては、原告が被告の無知を利用して本件契約を締結させたと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
また、被告は、契約後六か月を経過すれば実施料(保証額)の支払義務が生ずるという規定は、法令による製造監視を潜脱する違法かつ不合理なものである旨を主張する。しかし、本件契約九条は、本件浄化槽について法令上必要な認定などがされる前にこれを販売することを実施権者に義務付けるものではなく、単に実施料の支払義務の発生時期を定めているにすぎないのであるから、たとえ一年以上にわたる実証試験が法律上要求されるとしても、そのことから直ちに契約後六か月を経過すれば実施料支払義務が生じると定めることが不合理であるとはいえない。
さらに、被告は、本件契約一一条四項が極めて不合理な内容である旨を主張する。しかし、特許発明を工業的ないし商業的に実施するためには、更に別の技術情報が必要であることが通常であり、実施許諾者は、特許発明の工業的ないし商業的な利用が困難であるとしても、実施許諾者は、契約において特段の約定がない限り、瑕疵担保責任を負うものではない。また、瑕疵担保責任は、当事者間の相互給付の均衡を図るための制度であって強行規定ではないから、無過失責任を負う実施許諾者の負担軽減のために実施許諾契約中に担保責任の内容を制限する規定を設けることは、特に禁じられているものではなく、それ自体不合理であるということもできない。
したがって、本件契約の全部又は一部が公序良俗に反する無効なものであるという被告の主張は、採用することができない。
五 争点4について
本件においては、原告被告間に工場出荷がない限りは実施料を請求しない旨の合意が成立したことを認めるに足りる証拠はない。
六 争点5について
証人遠藤は、レストランに設置する合併浄化槽を原告が買い取るという話があったことを吉祇等からを聞いた旨を供述し、その陳述書(乙第一四号証)にも、同趣旨の記載がある。
しかしながら、同証人は、コンペ会場に設置された浄化槽については、原告が買い取るという話を聞いていない旨を供述していること、レストラン及びコンペ会場に設置された各浄化槽の売買を証する書類がないこと、被告作成の売上明細写(甲第一五号証)には、レストラン及びコンペ会場に設置された各浄化槽がいずれも貸出中のものである旨の記載があること、原告代表者がその本人尋問及び陳述書(甲第一六号証)において、浄化槽を買い取ることを約束した事実はない旨を供述していることなどに照らせば、同証人の前記供述等によっても、被告が原告に対し、レストラン及びコンペの会場に設置された各浄化槽を売り渡したことを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
右のとおり、被告が原告に対する浄化槽売買代金債権を有しているとは認められないから、被告の相殺の抗弁は、失当である。
七 以上によれば、原告の請求は、金二一三六万八七八四円及びこれに対する平成六年九月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官三村量一 裁判官長谷川浩二 裁判官中吉徹郎)